生源寺新
【しょうげんじしん】

旧国名:越中
村名の由来は承応3年生源寺野に村立てした生源寺村にならって生源寺新としたが,生源寺を親村としたものでなく,独自の新開村(村史料)。村立て前すでに生源寺野には古代からの北陸往還(のちの中田通(なかだがよい))と松原地内で合流した巡見上使往来が南北に横断し,「延喜式」の越中駅名官道が名を改めた熊野往来(水戸田山中鎮座の熊野社詣での道)が東西に通じ,生源寺追分口で,前記2街道と合流,水戸田を経て黒河に至った(大門町交通通信史)。
【生源寺新村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【生源寺新(近代)】 明治22年~大正2年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7081952 |





