野下町
【のげまち】
旧国名:越中
(近世~近代)江戸期からの城端(じようはな)町の通称町名。野毛町とも書いた。元禄6年の「組中人々手前品々覚書帳」によれば,年貢米440斗余,地子米はふろ屋与兵衛居屋敷内42歩に対して3斗余が課せられていた。当時の人口204,茶売商4軒のほか四十物商・紺屋・太物商など各1軒があった(県史近世中)。市日には見世物小屋が建ち,延宝9年,興行日程と時期ごとの入場料を決めた掟書が当町ほか8か町宛てに出されている(城端町方史料/都市生活史料集成)。現在の東礪波郡城端町の市街地,通称野下の地。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7083570 |