飯塚
【いいづか】

旧国名:能登
能登半島北東端,金川と岡田川の合流地点の左岸付近に位置する。地名は,丘陵はずれに円墳状をした塚があり,山姥が不断の飯を恵んでいたという伝説にちなむとされる(珠洲郡誌)。付近には塚を姓の一字として用いる家が多い。もと七人百姓によって開かれたと伝わる。山田谷内付近の丘陵台地から縄文中期~後期前葉の土器片が数十点出土。通称舟山の中腹には数個の横穴古墳があったが,いつのころか埋没した。現在,小路(こうじ)にある真宗大谷派徳勝寺の前身,天台宗徳大寺がこの地の徳大寺畷にあったという(珠洲郡誌)。
【飯塚村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【飯塚(近代)】 明治22年~現在の大字名・町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7085517 |





