地黄煎
【じおうせん】

旧国名:加賀
犀川(さいがわ)の支流伏見川流域に位置し,鶴来(つるぎ)街道沿いに南北に広がる。村名の由来は,近世に地黄の根を煎じた地黄煎を産したことによるという。それにちなむ地黄煎飴なるものが元禄ころより盛んに振売りされたことによるという。また一説に往古浄専寺(じようせんじ)という寺があり,寺名の音を借りたことによるともいう(加賀志徴)。浄専寺は芦中町真宗大谷派本浄寺だと伝える(三州奇談)。地内に残る千日塚は,文禄期に伊勢神宮に五千日の日参籠をした雄勢という僧が金沢千日町に真言宗雨宝院を再興したのち当地に入定した。そのとき築いた墳墓で,上に松木が繁る。
【地黄煎村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【地黄煎(近代)】 明治22年~昭和10年の富樫村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7087381 |





