曽宇
【そう】

旧国名:加賀
白山山脈の前山である刈安山系から流れる曽宇川の谷口に位置する。地名の由来は「惣」の字を2字に書いて「曽宇」としたものといわれる。「そう」は添(そえ)または副(そえ)と同じく,片方に寄る意で,当地名も山の片方に寄った土地の意という(加賀志徴)。中世史料には見えないが,「朝倉始末記」に,享禄の錯乱で越前に退却した牢人衆が,天文元年8月20日に江沼郡に侵入した際「曽宇」に陣取ったことが見える。同様な記事が「北陸七国志」にもあるが,ここでは「惣」と記されている。
【曽宇村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【曽宇(近代)】 明治22年~昭和32年の三谷村の大字名。
【曽宇町(近代)】 昭和33年~現在の加賀市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7087918 |





