左礫
【ひだりつぶて】

旧国名:加賀
大日(だいにち)川中流峡谷右岸に位置する。地名の由来は平家の落人の治部殿なる者が,百姓との雪合戦の際,小石入りの雪玉で左眼を失明したことにちなむと伝承する(能美郡誌)。また,飛騨から来て村を開いた万五郎は片目であり,礫をよく飛ばしたからともいう(村名由緒書上)。地元の伝承では,平家の武士治部殿が伊勢の桑名から移り住んだともいい,片目にされた彼の怨念のためか治部殿館跡あたりで見る蛇は,みな片目であるという(鳥越村史)。
【左礫村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【左礫(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7089305 |





