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大森
【おおもり】


旧国名:越前

丹生山地の北東部,大森盆地の志津川・滝波川合流域に位置する。盆地中央部の賀茂台地の北東麓および天日山の南麓に集落がある。清水西小学校校庭で泥炭層が観察されカラス貝の化石が採取されること,賀茂台地では石錘が出土していることなどから,縄文時代頃までは岩坂の切通しはつながっていて大森盆地は湖であったと推定されている。古代は賀茂郷,中世は志津荘の中心をなしたと思われる。志津川右岸の大森鐘島遺跡からは「真成」「寺」などと判読できる墨書土器や県下では珍しい緑釉・灰釉の陶器片,さらには「粳」「富」「通」「相」「是」などの習書文字のある木簡などが出土し,7~11世紀の遺跡と推定されている。また,明寺山では,頂上から西側斜面にかけてのテラス状遺跡から1万点以上の須恵器・土師器・施釉陶器が出土し,8~9世紀頃の祭祀遺跡とみられている。天日山中腹に天目山城跡が残る。この呼称は,天日山を江戸期の地誌が天目山と誤記したことに由来するかも知れないが,享保5年の「城蹟考」がすでに「天目山城跡」と記している。天日山は中腹にある天日堂(現天日神社)にちなむ称であろう。同城は南北朝期に新田義貞方が築いたとの伝承があり,現在空堀に囲まれた円形の平坦地,北側尾根には堀切が残る。賀茂神社の睦月神事は国重要無形民俗文化財。「賀茂明神由来覚」所収の天正11年4月日付の羽柴秀吉禁制写(斎藤六兵衛家文書)に「大もり」と見えるのが史料上の初見。慶長国絵図に「大森村」959石4斗とある。
大森村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
大森(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7091475