国分
【こくぶ】

旧国名:若狭
北川支流遠敷(おにゆう)川下流右岸に位置する。地名の由来は,国分寺・国分尼寺が当地に建立されたことによる。桓武天皇の時代に2寺とも焼失したが,すぐ再建されたという(遠敷村産業誌・遠敷郡誌)。文永2年11月の若狭国惣田数帳案(京府東寺百合文書ユ)には国分寺16町4反余・国分尼寺7町5反余とある。天文年間,それまで僧院ばかりであった場所へ遠敷村中村地区から村人が引っ越し,その結果この地を国分村と称するようになったというが(国分寺釈迦堂由来聞書),国分という地名の成立はもっと早いようである。国分寺の敷地内には国分寺古墳と呼ばれる円墳があり,万灯会山にも10基の円墳がある。
【国分(中世)】 南北朝期から見える地名。
【国分村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【国分(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7092489 |





