北陸本線
【ほくりくほんせん】

JR西日本の鉄道線,米原~直江津間353.9km。本州日本海側縦貫幹線の一部をなす。東海道線の支線として明治13年4月敦賀と滋賀県長浜から起工,同15年3月10日金ケ崎(現敦賀港)~洞道口(柳ケ瀬トンネル西口)間,長浜~柳ケ瀬間で営業開始。前者は県下ならびに北陸地方での鉄道の始まりである。同17年4月16日柳ケ瀬・刀根両トンネルが開通し,金ケ崎~長浜間42.5kmが全通,太湖汽船で大津を経由して京阪地方と,長浜~関ケ原間鉄道で東海地方とそれぞれ結ばれた。同22年7月1日東海道本線全通時に米原起点となる。なお,北陸線の正式名称は明治36年からである。敦賀~森田(福井市)間は明治26年8月18日着工,同29年7月15日に開業した。同30年9月20日石川県小松,翌年4月1日金沢まで延び,同32年3月1日当初の目的地富山へ達した。この時県下では疋田(ひきた)・敦賀・金ケ崎・杉津(すいづ)・今庄・鯖波(現南条)・武生・鯖江・大土呂・福井・森田・新庄(現丸岡)・金津(現芦原温泉)・細呂木の14駅あり,京都~富山間,神戸~金沢間,米原~金沢間各1往復と米原~富山間2往復,福井~富山間4往復,福井~金沢間2往復であった。所要時間は普通列車の福井~米原間約4時間半,福井~富山間約5時間と現在の普通列車の2倍前後かかっている。明治39年直江津への延長が決まり,大正2年4月1日に全通。福井から直江津・長野経由上野行き列車が走った。大正13年7月31日羽越本線が全通し,同15年8月15日神戸~青森間に日本海回りの急行列車が誕生した。昭和13年滋賀県木ノ本~敦賀間ルート改良工事に着手したが同19年中止,同25年再開した。柳ケ瀬越えの難所を近江塩津回りに変更するため,県境の深坂トンネル(昭和18年素掘り貫通)の完工に着手,同32年2月20日完成。昭和31年9月電化工事も始まり,同32年10月1日新線に田村~敦賀間の交流電車が走った。この時旧線は支線柳ケ瀬線となり,同39年5月10日廃線。昭和38年9月30日衣掛山の疋田ループ線完成,上り専用線として使用を始め,急勾配の旧線は下り専用となった。敦賀~今庄間の木ノ芽越えでは昭和34年11月14日北陸トンネルを起工,同37年6月10日開通した。同時に敦賀~福井間の複線電化も完成,敦賀~杉津~今庄間の旧線は前日に廃線となった。翌年4月20日福井~金沢間の複線電化も終わり,同40年9月27日新深坂トンネルの完成で,県下では全線複線電化した。同44年10月1日北陸線全線複線電化完了,交流電化による最初の幹線となった。これより先,昭和37年12月28日米原~田村間が電化し,列車は走行中にこの間で交・直流切り替えが可能となっていた。なお,同49年7月20日湖西線(近江塩津~山科間)が開通,翌春から北陸と京都・大阪を結ぶ特急はほとんど湖西線経由となった。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7094981 |





