上吉田
【かみよしだ】

旧国名:甲斐
富士山北麓,桂川上流左岸に位置する。「国志」によれば,もとは吉田1村であったが,当地は御師町,下吉田は百姓町として上・下に分村したという。当地は富士山の吉田口登山道の登山口(北口または裏ともいう)にあたり,地内中央部にある金鳥居を原標点にして富士山頂まで357町7間半あった。富士参詣道者は当地で宿泊し,案内者を雇って登山した。北口本宮とも呼ばれる富士浅間神社は地内諏訪ノ森にあり,本殿は元和3年の再建,末社8祠のうち富士権現(東宮本殿)は永禄4年武田信玄による再建,太神宮(西宮本殿)は文禄3年浅野氏重の再建で,いずれも国重文。ほかの建造物も江戸期の谷村藩主秋元家・鳥居家などの造営による立派なものである。弥生・古墳時代の城山遺跡,平安期の諏訪森大塚がある。
【上吉田(中世)】 戦国期に見える地名。
【上吉田村(近世)】 江戸期~明治8年の村名。
【上吉田(近代)】 明治後期・大正期~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7096629 |





