下条
【しもじょう】

旧国名:甲斐
(中世)戦国期に見える地名。巨摩(こま)郡のうちか。荒川の河道の変化があるので,山梨郡の可能性もある。永禄4年閏3月吉日の武田晴信禁制に「卅五番 下条のねき」とあり,当地の八幡宮(現西下条内)の禰宜が府中八幡宮に出仕して祈祷役を勤仕したことが知られる(八幡神社文書/甲州古文書1)。なお,天正20年の加藤光政身延山末寺屋敷免許状には「中郡筋……下モ条 正行寺」の名が見える(久遠寺文書/甲州古文書2)。正行寺は現在も日蓮宗の寺院として西下条にある。また,慶長6年の検地帳では「下条之郷」と見える。ただし,江戸期には荒川の河道の変動で荒川を挟んで西に西下条村(巨摩郡),東に東下条村(山梨郡)に分かれた。現在の甲府市東下条町・西下条町域に比定される。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7097237 |





