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御岳
【みたけ】


旧国名:甲斐

荒川上流の支流御岳川流域の山間地に位置する。延喜式内社で,古来修験者の修行地である金峰(きんぷ)山の里宮の金桜神社の鎮座地として有名。金桜神社を中心に神主・御師屋敷などが形成されて発展した集落である。社殿は標高900m近くに鎮座し,集落は社殿から数百段の石段を下った所にある。地名の由来は,高地を意味する岳に神域の敬称「御」をつけて呼んだことによる。金桜神社は,日本武尊が東征の際に当地に至り,金峰山を国家鎮護の霊地とし(山宮),雄略天皇10年にこれを里宮に分祭したのが始まりと伝えられる。山宮と里宮を総称して御岳と呼び,平安期以来修験道の聖地として仰がれ,特に南北朝期に盛んになり,全国から修験者が入峰した。以後武田・徳川氏など国主の祈願所として尊崇され,江戸期には甲府勤番支配の巡見する社であった。また,江戸期には御師によってさらに御岳信仰が広められ,宿坊も数多くあった。社殿は鎌倉期の入母屋造りの本殿建築として全国的にも貴重な建築物の1つであったが,左甚五郎作と伝える「昇り竜降り竜」とともに,昭和30年に焼失した。なお,山宮は金峰山(山梨・長野両県境にあり,関東山地の最高峰をなす標高2,595mの高峰)の山頂に蔵王権現として祀られている。往古は御岳道九口と呼ばれる9つの登山口があり,当地の金桜神社はその主要な登山口に置かれているもので,ほかに牧丘町杣口,須玉町増富,長野県佐久郡からの登山口もあってそれぞれ里宮金桜神社が置かれている。
御岳郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
御岳村(近世)】 江戸期~明治7年の村名。
御岳(近代)】 明治後期・大正期~昭和29年の宮本村の大字名。
御岳町(近代)】 昭和29年~現在の甲府市の町名。




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「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7098471