有尾郷
【ありおのごう】

旧国名:信濃
(中世)南北朝期に見える郷名。水内(みのち)郡常岩牧のうち。飯山市街地の北方,千曲川と皿川が形成した河岸段丘上に位置し,長峰丘陵沿いの地である。段丘上には縄文時代から古代・中世に亘る有尾遺跡があり,上方丘頂に前方後方墳と方墳がある(県史考古史料)。越後への市川谷道(十日町道)と富倉道を通り頸城平野に向かう道の分岐する交通の要衝地で,地名の由来は古代開発地の墾尾(尾は丘陵端)にちなむと推定される。応安3年6月8日の上杉朝房奉書によると,「水内郡常岩南条・後閑・水沢・有尾・中曽禰」などが,鎌倉公方足利基氏の命を奉じた信濃守護上杉朝房より,藤井下野入道に安堵されている。なお年未詳10月8日の上杉朝房書状にも「常岩御牧南条内,後閑・中曽禰・有尾・水沢等郷事」と見える(以上上遠野文書/信史6)。現在の飯山市飯山の有尾に比定される。なお当地の飯笠山神社は社伝によると応永年間に現在の飯山城の位置に勧請され,築城時に現在の位置に移されたと伝えられている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7099067 |





