上水内郡
【かみみのちぐん】

(近代)明治12年~現在の長野県の郡名。明治12年1月郡区町村編制法により水内郡が二分割されて成立。水内郡南西部の104町村,人口10万5,753人からなり,郡役所が長野町に置かれ,郡長・郡書記が任命された。同年7月犀川を郡境とし,大豆島(まめじま)・松岡新田・川合新田の3か村が更級(さらしな)郡から編入された。同24年4月1日県下に郡制が施行され,地方自治体としての郡が発足した。理事機関として郡長,議決機関として郡会・郡参事会が設けられ,初代郡会議員22名が選出された。郡制は大正12年4月1日に廃止され,郡役所も同15年6月をもって廃止される。この間に,江戸期以来の村の合併統合が進んだ。明治4年のちの当郡に相当する地域には186か村が存在したが・同7年に長野村・箱清水村が合併して長野町となったのをはじめ,同7~9年に合併が行われた結果106町村に減少した。しかし,これには無理な合併も含まれていたため,その後20か村が分離復旧を出願,うち9か村が許可され,同18年までに再び121町村に増えた。明治10年代に,妻科村が南長野町,腰村が西長野町,鶴賀村が鶴賀町となったほか,同19年北長池村の一部と上高井郡綿内村・福島村の千曲川西分が合併して屋島村が成立,郡境が変わった。明治22年市制町村制施行によって,長野町と,芹田・大豆島・古牧・三輪・吉田・朝陽・柳原・長沼・鳥届・神郷・三水(さみず)・牟礼・古里・若槻・浅川・高岡・信濃尻・柏原・古間(ふるま)・富士里・芋井・戸隠・柵(しがらみ)・鬼無里(きなさ)・北小川・南小川・津和・水内・栄・日里・七二会(なにあい)・小田切・安茂里(あもり)の各村の1町33か村が成立した。このうち長野町は善光寺門前のほか政治・経済都市として発展,明治26年の信越線全通によって拍車がかかり,同30年市制を施行して上水内郡から離れた。長野市は,大正12年には吉田町(大正3年町制施行)と三輪・芹田・古牧の3か村を合併。さらに,昭和29年朝陽・古里・柳原・若槻・浅川・長沼・小田切・安茂里・芋井・大豆島の各村を合併し,同41年に当郡七二会村をはじめ,旧更級郡・上高井郡にまで市域を広げた。当郡内には,現在3町6か村がある。現信州新町は,昭和29年4月津和・水内両村が合併して久米路村,同年10月改称して新町となり,同30年更級郡信級村・日原村を合併して信州新町となり,さらに同31年更級郡牧郷村,同34年北安曇(きたあずみ)郡八坂村の左右区を合併した。現信濃町は,昭和30年柏原・富士里両村が合併して信濃村となり,翌31年古間村・信濃尻村と合併して信濃町になった。昭和29年に鳥居・神郷両村の合併で豊野村が成立し,同30年町制施行したほか,同年には高岡村と中郷村(明治23年牟礼村が改称して成立)の合併で牟礼村,栄・日里両村の合併で中条村,南小川・北小川両村の合併で小川村がそれぞれ発足し,鬼無里村は旧日里村の親沢区を合わせた。同32年戸隠村に柵村が合併。三水村のみは明治22年以来の村が続いている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7100168 |





