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小田多井村
【こだたいむら】


旧国名:信濃

(近世)江戸期~明治7年の村名。安曇(あずみ)郡のうち。黒沢扇状地の扇端に位置する。慶安元年松本藩の代官見立による新田開発政策がとられ,郷士丸山氏を芝切(草分)として開発されて成立。松本藩領。長尾組に属す。村高は,「元禄郷帳」162石余,「天保郷帳」163石余,「旧高旧領」では小田多井新田村と見え237石余。慶安5年の検地では,高87石余,反別田5町6反余・畑8町1反余,家数24。延宝6年新堰が開削されたことにより水田が9町9反余に増加した。安永8年の人別持高書上帳によれば,家数48,馬26。安政2年の安曇筑摩両郡村々明細書上帳(県史近世史料5-1)によれば,家数53・人数332。神社は八幡神社。ほかに阿弥陀堂がある。綿糸紡績機(ガラ紡機)を発明した臥雲辰致は,天保13年当村の横山儀十郎の次男として生まれた。20~30歳を僧として過ごしたが,明治4年排仏毀釈により還俗し,波多村に移住,のちガラ紡機を発明する。発明したガラ紡機は明治10年の第1回内国勧業博覧会に出品され,鳳紋賞牌を受賞。臥雲辰致はそのほか七桁計算機や土地測量機・蚕網織機も発明した。明治4年松本県を経て筑摩県に所属。同7年科布(しなの)村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7100747