下県知行所
【しもがたちぎょうしょ】

旧国名:信濃
(近世)江戸期の旗本知行所名。江戸中期に佐久郡に存在した。元禄15年8月伊勢国長島城主松平忠充が改易された際,家筋存続のため長男康顕に5,000石,次男尚慶(のち康郷)に1,000石が,それぞれ佐久郡内で給された。康顕が正徳2年12月死去した時,康郷がその養子となり自身の1,000石を幕府に返上,翌3年3月5,000石を継いだ(寛政譜)。所領は,佐久郡三井・小平・春日・春日新町・牧布施・竹田・下平・下県・下県新田・下桜井・中桜井・上桜井・小宮山の13か村。下県村に陣屋を置いて支配した(県史)。康郷は御小姓組番頭,御書院番頭,大番頭,駿府城代,西城御側などを歴任(寛政譜)。明和2年5月佐久郡から武蔵・上総・下総各国内6,375石余に転封した(県史)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7101183 |





