根羽村
【ねばむら】

旧国名:信濃
矢作(やはぎ)川の上流域に位置する。天竜奥三河国定公園の茶臼山高原は矢作川の源にあたる。伊那と東海地方を結ぶ交通の要地として古くから開けたと考えられ,古くは三河国足助(あすけ)荘に属していたが,元亀2年武田氏が信濃国に編入したという(県町村誌)。天正10年3月13日,織田信長は岩村から「禰羽根」に着陣したと「信長公記」に見えるが(信史15),この「禰羽根」は当地のことと考えられる。なお「当代記」では,当地で武田勝頼父子の首検分をしたとしており(同前),「信長公記」の記事と異なるが未詳。地内横旗は武田信玄が病を得て甲斐へ帰国する途中で没したので,軍旗を横にしたことから呼称されたとされ,信玄首塚という室町末期の宝篋印塔がある。
【根羽村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【根羽村(近代)】 明治22年~現在の下伊那郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7102611 |





