掘金
【ほりがね】

旧国名:信濃
松本平の中央部,北アルプス常念岳のふもとの烏川扇状地に位置する。地名の由来については,「ほり」は「張り」と同じで開墾すること,「ね」の「山の根」のことで,つまり「山のふもとを開墾した土地」の意の「はりがね」が「ほりがね」に転訛したとする説と,岩原の小字名に「金山村」があり,近くの烏川入の小野沢に銀鉱があったことから,鉱山に関係するとする説がある。慶長年間成立の「二木家記」によれば,往古,金売吉次の子孫堀藤次が田尻村に住みつき,娘を残して死んだ。二木塚の祖先がこの娘を嫁にして藤次の残した財宝を譲り受けたと伝える。この堀藤次は当地の銀鉱が目当てで来住したものかとも推測されている(南安曇郡誌)。上堀金から平安期の土師器・須恵器などが出土している。
【堀金(中世)】 戦国期に見える地名。
【堀金村(近世)】 江戸期の村名。
【堀金村(近代)】 昭和30年~現在の南安曇郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7103244 |





