南郷
【みなみのごう】

旧国名:信濃
(中世)戦国期に見える郷名。水内(みのち)郡のうち。葛山の西北方の山地にあり,北郷に対する。両郷合わせて北南之郷ともいい,1郷分の所務を負担した。天文23年3月20日の下諏訪造宮取所覚には「北郷・南郷共正物合三貫五百文 此外小役四百文」とあり,広瀬荘7か郷では秋宮の造営費24貫500文を負担し,北郷・南郷はそのうち3貫500文を負担した(桃井文書/信史12)。元亀元年9月1日の武田信玄寄進状案に新寄進分として「拾壱貫五百 南郷之内〈伊毛井村在家梨窪山共ニ〉」とあり,飯縄神領として寄進されている(仁科文書/同前13)。梨窪山の南,江戸期の新安村周辺,現在の長野市富田付近に比定され,当郷は「和名抄」芋井郷の名残と考えられている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7103579 |





