本海野
【もとうんの】

旧国名:信濃
成沢川・金原川と千曲川の合流点付近に位置する。古代海野郷・中世海野荘の中心。また平安期~戦国末期の海野氏の本拠地で,その中心は太平寺地籍とされる(上田小県誌)。弥生時代から平安期の遺跡が3か所存在し,弥生式土器や須恵器が出土。三分(みわけ)の南,千曲川右岸の通称小太郎屋敷地籍は海野氏の古城跡と伝える(県町村誌)。そのほか木曽義仲が依田城に挙兵した際陣を構えた「白鳥川原」は当地内に比定される(源平盛衰記)。群馬県内性寺の銅造地蔵菩薩立像銘に文永11年9月23日付で「信州小方郡白鳥宿住人」と見え,鎌倉中期には宿としての発達をみせていたと思われる。正安3年僧明空の編んだ「宴曲抄」には「望月の駒引かくる布引の,山の楚交にみゆるは,海野・白鳥」と見える(造像銘記集成・信史4)。真田昌幸は天正12年上田城築城にあたり,ゆかりの海野・大平寺両村住民を上田城下へ移住させ,海野町をつくった。そのため本村は本海野と称されるようになった(小県郡史)。
【本海野村(近世)】 江戸期~明治9年の村名。
【本海野村(近代)】 明治16~22年の村名。
【本海野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7103725 |





