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北長沼村
【きたながぬまむら】


旧国名:駿河

(近世)江戸期~明治10年の村名。駿河(するが)国安倍郡のうち。北長沼新田ともいう。静岡平野中央部,谷津山南東麓に位置する。地名は,かつて麻機(あさはた)沼から続く沼地であったことに由来する(駿河国新風土記)。はじめ中村氏領,慶長5年駿府藩領,寛永10年からは幕府領。村高は,「元禄郷帳」324石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに326石余。東海道府中宿助郷差村21か村・駿府城御門并御蔵御飾御用33か村の1つで,また安倍川満水時に水防人足を出す8か村のうちであった(駿府広益)。村内を通る東海道往還の長さ2町52間余,うち1町半は家並みで残りは並木,往還の北側榎木立の中に一里塚があった(東海道宿村大概帳)。弘化~嘉永年間の戸数26(駿河国雑志)。神社は浅間社・八幡社・八面荒神社。寺院は曹洞宗久応院(駿河国新風土記)。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県に所属。同10年南長沼村と合併して長沼村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7111136