100辞書・辞典一括検索

JLogos

55

浜松鉄道
【はままつてつどう】


浜松地方の軽便鉄道。大正元年10月,浜松と引佐(いなさ)地方を結ぶ鉄道建設を目的に浜松軽便鉄道が設立され,同3年11月に元城~金指(引佐町)間15.05kmが開通。翌4年5月,浜松鉄道と社名を変更し,同年9月元城~板屋町(のちの東田町,現遠鉄浜松)間0.88km,12月金指~気賀(のちの気賀口,細江町)間2.16kmが開通。さらに同12年気賀~奥山(引佐町)間7.71kmが開通して全線25kmの路線となった。軌間76cmの軽便で,時速24km,定員34名の客車は「ラッキョ軽便」の名で市民に親しまれ,蒸気機関車コッペルがこれを引いて三方原台地・引佐地方の開発と奥山半僧坊の参詣客の輸送などの役割を果たした。昭和4年から板屋町~気賀間に軌道自動車が併用されたが,石油不足から再び全線蒸気機関車となった。第2次大戦が始まると石炭の入手が困難となり,終戦後の昭和22年5月遠州鉄道と合併し,遠州鉄道奥山線と改称。同25年4月東田町~曳馬野間8.2kmが電化され,翌26年8月には曳馬野~奥山間17.5kmもディーゼル化された。同32年4月気賀~奥山間にバス営業が開始され,運行回数が増加するにつれ奥山線の利用は減り,同38年5月気賀口~奥山間7.7kmが廃止,さらに遠鉄浜松~気賀口間も廃止となった。駅は名称変更が多かったが,板屋町・田町口(北田村)・元城・元名残(普済寺・広沢)・中学校前・犀ケ崖(池川)・連隊前(上池川)・住吉・銭取・幸町・小豆餅・追分・曳馬野・三方原・豊岡・都田・正楽寺・谷・祝田・金指・岡地・気賀・井伊谷・四村・田畑・中村・小斉藤・奥山の28駅であった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7113674