奥田
【おくだ】

旧国名:尾張
福田川(大助川)流域に位置する。地名の由来は,「地名考」に「此むら辺に沼田おほし。世俗奥田の千町田面と呼,地名は沖田の転声か,広き外田をさして沖といへばなり」とある。永禄3年戦死した飯尾近江守定宗の居城奥田城があった。定宗は織田大和守敏守の次男(孫とも)で飯尾氏の子となった人物(張州府志・尾張名所図会)。地内の田畑は戦国期の永禄8年11月10日安楽寺仏涅槃図裏書に「後施主田畠之住木村太郎右衛門聖眼庵主」と見える(稲沢市史資料編7)。
【奥田(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【奥田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【奥田村(近代)】 明治22~39年の中島郡の自治体名。
【奥田(近代)】 明治39年~昭和33年の大字名。
【奥田町(近代)】 昭和33年~現在の稲沢市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7116733 |





