乙部
【おとべ】
旧国名:三河
猿投(さなげ)山南麓,本徳川流域に位置する。中世は高橋荘内で,貞治3年3月3日の上葺勧進帳断簡に西乙部郷が見える(猿投神社文書/豊田市史)。円墳の南沢古墳がある。また,字大沢の墓地に室町末期の宝篋印塔が,字北屋敷の墓地に織豊期の五輪塔が残る。
【乙部村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【乙部(近代)】 明治22年~昭和45年の大字名。
【乙部町(近代)】 昭和45年~現在の豊田市の町名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7116887 |