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富沢町
【とみざわちょう】


旧国名:尾張

(近世~近代)江戸期~昭和41年の町名。江戸期は名古屋城下の1町。町人町の1つ。本町筋の東,南北道路七間町筋のうち伝馬町筋から広小路筋までの間の4丁。北は下七間町,南は住吉町に隣接する。清須越の町で,慶長16年の移転時には伝馬役七間町と呼んでいた。これは清須時代町が伝馬町の支配にあり,馬持が住んでいたことによる。貞享3年伝馬町支配から独立し松本町と改称した。しかし,その後尾張3代藩主徳川綱誠の娘磯姫が松姫と改名すると藩より松の文字の使用を避けるように命じられた。このため材木商人が多く住んだことから町名を東材木町としたいと願い出たが許可されず,宝永5年藩命によって富沢町に改められた。享保年間の家数116,町役銀1貫276匁(名府予録)。町内には真宗大谷派聖徳寺・浄土真宗本願寺派善導寺の2寺院があった(金鱗九十九之塵)。氏神は広小路神明社(名古屋府城志)。明治11年名古屋区,同22年名古屋市,同41年同市東区,昭和19年同市栄区,同20年からは同市中区に所属。同41年錦1~3丁目・栄1~3丁目となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7120865