釜生田
【かもだ】

旧国名:伊勢
駕茂田とも書く。雲出川の支流中村川の中流に位置し,東部は丘陵,西部は山地をなす。地名の由来は湿地に蒲が生えていたことにちなむと伝えられる。地内鹿伏から縄文時代早期の押型文土器が出土。またその付近の梅ノ木谷・杉谷に古墳群があり,通称四十八塚とよぶ。古墳時代後期の巨大な石室が1~15号墳まで発見された。「神鳳鈔」の「生田御厨」にこの地を比定する説もある(三国地誌)。戦国期に伊勢国司北畠氏の家臣牧野豊後守の居城したと伝える釜生田城跡があり,石塁が残る(嬉野町史)。
【釜生田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【釜生田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7126192 |





