久米
【くめ】

旧国名:伊賀
上野台地の南,久米山北麓の低地部に位置し,木津川の支流久米川が中央を西流する。地名は「続日本紀」の天平宝字8年の条にみえる伊賀守久米朝臣子虫の居住地であったことにちなむとする説(伊賀考)がある。5世紀から7世紀にかけて築かれたとされる約60基の久米山古墳群があり,鉄製腕輪・鉄剣・鉄刀・青銅鏡・勾玉・土器などが出土している。戦国期築造の菊岡丹波の館跡(三国地誌)などの遺構も残る。
【久米村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【久米(近代)】 明治22年~昭和16年の大字名。
【久米町(近代)】 昭和16年~現在の上野市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7126548 |





