竹川
【たけがわ】

旧国名:伊勢
祓(はらい)川右岸の平坦地に位置する。地名の由来は,竹郷を流れる多気川(祓川)に近いところから竹川といわれる。北部の字古里には古墳群があり,奈良・平安期の遺構や住居跡がみられる。もとは,ここに集落があったが,伊勢街道がにぎやかになると街道筋へ移った。古代斎宮の伊勢神宮奉仕のとき,6月・12月の月次祭は祓川(竹川)で祓いをした。祓川にかかる幸橋は古来から和歌によく詠まれ,また竹河(川)は歌枕とされた。国史跡の斎王宮跡地内に位置する。当地には多気連(たけのむらじ)の氏神である延喜式内社竹神社が明治年間まで祀られていた(現在は明和町牛葉に遷座)。催馬楽に「竹河」と題する歌謡「竹河の 橋の詰(つめ)なる や 花園に はれ 花園に 我をば放て や 我をば放て や 少女(めざし)たぐへて」があるが,伊勢斎王とかかわる歌謡か。
【竹河郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【竹川村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【竹川(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7127718 |





