東日南町
【ひがしひなたまち】

旧国名:伊賀
(近世~近代)江戸期~現在の町名。明治5~20年頃までは上野を冠称。江戸期は伊賀上野城下町の1町で,町人地。城下町の南部に位置し,東は恵美須町,西は西日南町に接する。はじめ袋町と称し,元禄7年東日南町と改称(永保記事略)。袋町の名は,南端を城下町の南限を画す小川が流れ,北から入る道は忍町から入る道のみで袋小路となっていたためにつけられたという。その後元禄4年に池町へ至る新道がつくられ(永保記事略),町の東西を結んだ。天和年間頃の家数31(統集懐録)。幕末の町肝煎は菊山吉右衛門であった。明治5年の戸数55・人口236(うち男104・女132)。同22年上野町,昭和16年からは上野市に所属。明治22年~昭和25年までは大字上野のうち。同26年の世帯数57・人口250。同52年平野馬場先の一部を編入。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7128838 |





