水車町
【みずぐるまちょう】

(近代)明治37年~昭和39年の四日市市の通称町名。旧東海道の海蔵橋南詰を中心に旧浜一色村の北部,海蔵川右岸の堤防沿いに集落を形成。正徳3年の地図を見ると当地は全部松並木の畷であったが,海蔵川の辺にて水利の便がよいため元禄年代から治左衛門が水車業を始めたという。水車による動力で多くの精米所・菜種油製油所などが稼動していた。明治43年の戸数76,以後の戸数・人口は大正2年78・457,同7年85・555,世帯数・人口は同12年95・492,昭和3年132・626,同34年157・708。第2次大戦後,国道1号の海蔵橋の架け替えと拡幅工事により繁華街が西方へ移動した。同39年西部は陶栄町,東部は浜一色町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7129388 |





