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甲津畑
【こうづはた】


旧国名:近江

香津畑・上津畠・甲津とも書く。地名の由来は「紙を漉く,是の村多く,カフズを植えし故に名とす」とある(淡海輯志)。また一説に千草(ちぐさ)越の門戸で甲津は上津の意ともいわれる。村内の藤切神社は佐久良谷の式内2社とともに,天応元年右大臣中臣清麻呂の勧請と伝えられ,「延喜内蔵寮式」諸国年料供進の黒葛(藤)30斤は当地の藤切嶽より切り出したものと伝えられる(甲津藤切神社伝)。なお応永28年の藤切神社社殿造営の奉加には,市原・玉緒・中野・八日市庭,佐久良谷の安部居(あんべ)北脇より西明寺・熊野,それに甲賀の大滝,大川原に及ぶ十数か村から77貫75文と工匠720人の寄進があった(藤切神社棟上板札銘)。また文明5年,蓮如上人の法難に際して黒川金右衛門はこれを救い,のち出家頓入と号し浄源寺の開創を図ったという(寺伝)。
甲津畑(中世)】 戦国期に見える地名。
甲津畑村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
甲津畑(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7132190