正法寺
【しょうほうじ】

旧国名:近江
彦根市街の南東約2kmの山麓にあり,中山道に近接する。もと廐戸(うまやどの)荘に属す。天正・元亀頃は家が1軒もなく,桜の木が多く,花のころは諸人が群集したという(古代地名記)。村内の正宝寺山は,関ケ原の戦いで慶長5年9月16日徳川家康が藤川の営を出て,佐和山の南,沼波(のなみ)の東の山に陣し,豊臣秀秋・井伊直政らをして磨針(すりはり)嶺鳥居本(とりいもと)より進んで佐和山城を攻めさせ,陣を正宝山に移したことから勝山(かつやま)ともいう(輿地志略)。
【正法寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【正法寺(近代)】 明治22年~昭和12年の千本村の大字名。
【正法寺町(近代)】 昭和12年~現在の彦根市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7132919 |





