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西内貴村
【にしないきむら】


旧国名:近江

(近世)江戸期~明治7年の村名。甲賀郡のうち。天正13年より水口(みなくち)岡山城主中村一氏・増田長盛・長束正家の支配,慶長5年より徳川氏の代官松下孫十郎・林伝右衛門,元禄2年水口藩領,寛永10年以後小堀遠江守・山口但馬守等水口城代が支配,元和2年水口藩領,幕末に至る。寛永15年,223石余が小堀代官領,70石余が稲垣摂津守領,承応元年合して代官が支配。その後は水口藩領として幕末に至る。新検村高は308石余。明治元年で326石余。助郷は東海道水口宿に出役。寺院は浄土宗西福寺。鎮守は佐土神社,延徳年間内貴伊賀守の創立。京都北野天満宮を合祀している。もとは天満天神社といったが,明治3年10月に改称。田畑の割合は94%が田地。明治5年滋賀県に所属。同7年東内貴村と合併して内貴村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7134269