森尻
【もりじり】

旧国名:近江
杣川(そまかわ)の東岸の地域。地名は矢川神社の森のはずれに位置することにちなむ。矢川神社は天平宝字7年創祀の式内社で,杣谷22か村の開拓神として信仰された。天元2年勅額下賜。「甲賀の雨宮」といわれ,文明4年大和布留(ふる)郷から雨乞いの立願が行われ,喜雨を得た返礼として楼門が寄進された(甲賀郡志)。元亀2年8月,矢川・新宮両社が飯道寺古庵室と争い,甲賀郡中惣の仲裁で,矢川神社社前で双方の老分10人宛が参会した(山中文書)。六角義治発給文書によると,望月氏被官人衆の起こした争いを郡中惣が裁いたときの参会や,山中大和守俊好が仲裁に加わった参会なども同社で催された(望月文書・山中文書)。
【森尻荘(古代)】 平安期に見える荘園名。
【森尻村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【森尻(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7135623 |





