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上夷町
【かみえびすちょう】


旧国名:山城

(近世~近代)江戸期~現在の町名。猪熊通塩小路下ルの町。西九条村域に形成された洛外町続町の1つ。寛文12年洛中洛外大図および承応2年新改洛陽並洛外之図はともに,当町および当町南の南夷町を合わせて「ゑひす(夷)町」と記す。「宝暦町鑑」は「上夷町」と記し,以後,絵図類も同様に記す。正徳4年の洛外町続家数改帳では26軒(荻野家文書)。享保9年正月,町内居住のかせ染青屋吉野屋次右衛門は普請を行うにあたり,青屋大工頭組下の大工でなく伊豆組大工吉郎兵衛を雇い争論となった。大工頭中井主水に訴えられたこの事件は,西御役所の吟味をうけ,同年閏4月にいたり先例通り青屋大工頭組下の者を雇うように,という裁決で結着がついている(諸式留帳)。江戸期は,葛野(かどの)郡西九条境内。明治2年の町組改正より下京(しもぎよう)23番組,同5年第32区と改称,同25年第32学区に編成。明治12年下京区上夷町,同22年京都市下京区上夷町となり現在に至る。世帯数・人口は,同44年58世帯・195人,大正14年41世帯・149人,昭和40年40世帯・170人。人口増減率(昭和40~50年)22.4%減。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7138322