公庄
【ぐじょう】

旧国名:丹後
福田川中流域に位置し,東は中郡。「丹哥府志」所引の「丹後旧記」に「和銅六年夏四月丹波五郡を割て丹後の国を置く,始め郡を分つ時先づ加佐郡河守庄より始めて竹野郡網野庄に終わる。両所に公庄村を置く蓋し始終を示すなり,其終る処に一社を建つ蓋し帝を祀るなり,延喜式に云ふ生王部神社是なり,今郡立大明神といふ」とある。地内東方の山頂に,天正頃の一色氏家臣森忠左衛門の居城という公庄城址があり,本丸跡・堀切跡などが残る(竹野郡誌)。
【公庄村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【公庄(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7139532 |





