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三軒替地町
【さんげんがえちちょう】


旧国名:山城

(近世~近代)江戸期~現在の町名。岩上通木津屋橋下ル2丁目西側の町。当地は江戸初期は西九条村のうち。慶長7年の二条城築城にあたり,二条大宮近辺の住民をこの地に移住させて成立したという(坊目誌)。寛永14年洛中絵図に「三間かいと」とみえ,「宝暦町鑑」以後は「三軒替地町」と記す。町内西側の浄土宗西山派宗徳寺は,応永28年僧南慶の開基。慶長7年僧繁空中興,現在地に移転。本尊阿弥陀仏像を安置。同寺境内の粟島堂は紀伊国粟島明神を宗徳寺の鎮守として勧請したもので婦人病に霊験ある神とされた。江戸期には粟島頭人という乞食坊主が各地をめぐり,婦女子から物品を乞い,各地に粟島堂を建てた。寛文11年頃,河原町松原上ル所に住む吉兵衛という者が,粟島堂の前で年貢地を借りうけ,当地に移住している(諸式留帳・坊目誌)。ほかに町内に慶長7年僧浄念開基の浄土真宗本願寺派末の教徳寺(明治33年廃寺)があった。江戸期,公儀軒役は4軒役を勤めていた。江戸期は下古京川西組離レ町七条出屋敷組。明治2年の町組改正より下京(しもぎよう)23番組,同5年第32区と改称,同25年第32学区に編成。明治12年下京区三軒替地町,同22年京都市下京区三軒替地町となり現在に至る。明治44年の世帯数6・人口22,大正14年の世帯数6・人口22,昭和40年の世帯数9・人口26。人口増減率(昭和40~50年)42.3%減。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7140544