下狛
【しもこま】

旧国名:山城
木津川中流域の左岸に位置する。西に鞍岡・煤谷の2つの山がそびえ,東は平坦な低地となっている。5世紀頃から高句麗系の渡来人が住みついたという。木津川対岸の上狛(山城町)と対応し,地内には渡来文化の影響を受けた僧坊・法光寺・浄楽などの地名が残る。催馬楽の「山代の狛のわたりの瓜つくり」の地で知られる。地名の起源について「府地誌」は「郷称ノ起因ハ遠ク欽明紀三十一年四月ノ高麗ノ使人……山城国相楽郡ニ於テ館ヲ起ス」と記し,渡来人高麗人にちなんだものであるとしている。
【下狛郷(古代)】 平安期に見える郷名。
【下狛荘(中世)】 鎌倉期~室町期に見える荘園名。
【下狛村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下狛(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7141012 |





