修学院
【しゅうがくいん】

旧国名:山城
修学寺(しゆうがくじ)ともいう(賀茂別雷神社文書)。比叡山の西麓,高野川の東に位置し,域内を音羽川が西へ,梅谷川が北へ流れる。地名は戦国期までここに存在した天台宗の名刹修学院(修学寺)に由来する。梅谷川沿いに縄文時代の修学院遺跡があり,その南方に浴竜池を囲んで名園修学院離宮が存在する。また両者の中間には赤山(せきざん)禅院がある。延暦寺の別院で仁和4年の創建である(慈覚大師伝)。離宮の西南方一乗寺川沿いの鷺森神社は,素戔嗚尊を祀るが,もとは牛頭天王が祭神で鷺森天王と呼ばれた。この地の産土神で,貞観年間の創建という。
【修学院(中世)】 南北朝期から見える地名。
【修学院村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【修学院村(近代)】 明治22年~昭和6年の愛宕郡の自治体名。
【修学院(近代)】 明治22年~昭和40年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7141194 |





