祝園
【ほうその】

旧国名:山城
木津川左岸に位置する。地名の由来は地内の祝園神社によるものか。同社は小字波布里曽能(はぶりその)に鎮座。同社の毎年正月初めの申の日から亥の日までの神事は,いっさいの音を禁じ静かに居するので,特に居籠(いごもり)と呼ばれ,奇祭とされる。往古,崇神天皇時代,武埴(たけはに)安彦が反乱を起こしたが敗れ,多くの兵士が切り殺されたことから,その死者を葬った地に「はぶりその」の地名が起こり,やがて「ほうその」に転訛したという(古事記・相楽郡誌)。また「府地誌」は「本村ノ名義神武天皇長髓彦ヲ泉川ニ伐テ之ヲ亡シ玉フトキ,土人長髓彦ノ霊祟リヲナスヲ恐レ,為ニ祠ヲ設ケ其霊ヲ祝祭ス,後世取テ村名トナス」との説もかかげて,いずれを是とすべきか不詳であるとしている。地内は平坦な農耕地として開発され,山岳はなく,集落は数か所に分かれて散在する。
【祝園郷(古代)】 奈良期~平安期に見える郷名。
【祝園荘(中世)】 鎌倉期~室町期に見える荘園名。
【祝園村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【祝園村(近代)】 明治22年~昭和6年の相楽郡の自治体名。
【祝園(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7145077 |





