南夷町
【みなみえびすちょう】

旧国名:山城
(近世~近代)江戸期~現在の町名。猪熊通塩小路下ル2丁目の町。西九条村域に形成された洛外町続町の1つ。寛文12年洛中洛外大図および版行絵図の承応2年新改洛陽並洛外之図は,当町と当町北の上夷町を合わせて「夷町」と記す。「宝暦町鑑」および天明6年洛中洛外大図は「下夷町」,天保2年京町絵図細見大成は「南夷町」と記す。正徳4年の洛外町続軒数改帳では13軒。江戸期は西九条境内。明治2年の町組改正より下京(しもぎよう)23番組,同5年第32区と改称,同25年第32学区に編成。明治12年下京区南夷町,同22年京都市下京区南夷町となり現在に至る。明治44年の世帯数35・人口179,大正14年の世帯数33・人口147,昭和40年の世帯数25・人口95。人口増減率(昭和40~50年)20%減。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7145600 |





