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淀渡
【よどのわたし】


桂川・木津川・宇治川が合流する京都府南端付近に比定される淀川の渡し。3川が合流する付近の渡河点の変遷は著しく,三渡口と通称される一口(いもあらい)・大渡・封戸のうち,木津川を越える大渡を淀渡とする説と,淀津とする説がある。「明月記」建仁3年には「於大渡辺,大雨乗燭以後帰冷泉」,「源平盛衰記」には「淀ノ大渡ニテハ南無八幡三所大菩薩再都ヘ返シ入給ヘト各伏拝給フ」などと記される難所であった。したがって架橋の試みは古来,何度も繰り返されてきたが,いずれも耐久的な常設橋の架橋は困難であった。当初は,一条院の長徳元年の石清水行幸に「淀河橋以数百船,可渡」とあるように,船をつないだ浮橋であった。「本朝世紀」久安3年の春日社行幸に際しても「到淀津,乗輿渡浮橋之間,有船楽事,橋左右浮竜頭鷁首」とあるほか,「兼治宿禰記」の明徳4年の記事に「大渡橋,大勢渡通之間怖畏無極」とあるように,浮橋上の通行が難渋を極めたのであったことがうかがえる。「帝王編年記」(弘安5年),「太平記」(建武3年)などに,それぞれ「大渡橋」が見える。淀城築城以後は常設橋にかわり,宇治川に架かるものを淀小橋,木津川に架かるものを淀大橋とも呼んだようである。現在宇治川と木津川を渡河する御幸橋が八幡市に,宇治川の久世(くぜ)郡久御山(くみやま)町と伏見区境に淀大橋,桂川の伏見区納所の西に宮前橋が架かる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7146896