小田
【おだ】

旧国名:和泉
松尾川下流左岸に位置する。地内に古代条里制の遺構があり,字地に一の坪・二の坪・十六・二十二などの遺称が残る。古くは当地付近に法隆寺領荘園があり,地内にある軽部池は「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳」に見えるものと思われる(和泉市史1)。和泉国の玉井山荘を題して平安期に藤原為時,大江匡衡が詩を詠んでいるが(本朝麗藻・江吏部集),同山荘は当地にあったという(全志5)。文化7年作成の「粉河寺旧記」に,文明16年9月5日,粉河寺行人と根来寺行人が連合して神於寺を攻めたときのこととして,「先水間之城を粉河勢責落し,夫より木嶋へ下向し小田ニ一宿」と見える(和歌山県史中世史料1)。
【小田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小田(近代)】 明治22年~昭和31年の大字名。
【小田町(近代)】 昭和31年~現在の和泉市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7148314 |





