軽墓
【かるはか】
旧国名:河内
加留墓とも書いた。羽曳野(はびきの)丘陵東側の中位段丘上の先端部に位置する。地名の由来については,軽皇子の墓があることによるという説と日本武尊の仮墓の転訛によるという説があるが,未詳。地内東方には日本武尊陵(白鳥陵),西方には前方後円墳の峰ケ塚古墳,埴生山には掘抜石棺がある。
【加留墓(中世)】 戦国期に見える地名。
【軽墓村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【軽墓(近代)】 明治22年~昭和5年の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7148786 |