玉手
【たまて】

旧国名:河内
石川下流右岸,玉手山丘陵北端部西寄りの山麓に位置する。西部の水田地帯に条里区画が残存。地内には式内社の伯太彦神社がある。同社周辺から安福寺境内にかけて古墳後期の多数の横穴があり,壁面の線刻騎馬人物面や陶棺などで著名。また,丘陵上には古墳前期から中期の玉手山古墳群がある(柏原市史)。なお,「日本書紀」仁徳天皇40年条に「佐伯直阿俄能胡」が「玉代(たまて)」の地を献じたとあるが,これを当地とする説と,奈良県御所(ごせ)市の玉手とする説がある。
【玉手村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【玉手村(近代)】 明治22年~昭和6年の自治体名。
【玉手(近代)】 明治22年~昭和42年の大字名。
【玉手町(近代)】 昭和42年~現在の柏原市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7151402 |





