家原
【いえはら】

旧国名:播磨
播磨平野の東北部で,加古川とその支流千鳥川の合流点。慶長6年の佐保社村検地帳には永原とあり,かつては「えいばら」と呼んだらしい。伝承によると,往古,藤田村の多田池が決壊したとき,当村に流れ込んだ民家が多かったという。当時の俗謡に「藤田千軒家ばらばらと」とあり,それによって家原と命名したと伝える(加東郡誌)。また一説に「えばら」は入江の意で,河川のほとりの船着場を意味するという。加古川と千鳥川の合流点で,かつては穂積里の船着場として利用されていたものか。長年の間に千鳥川が運び出した土砂の堆積と流路の変更で陸地と化し,いまはその面影も見られない。
【家原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【家原(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7155382 |





