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今南荘
【いまみなみのしょう】


旧国名:摂津

(古代~中世)平安期~戦国期に見える荘園名。摂津国兎原郡のうち。「水左記」永保4年4月25日条に「招頭弁,返上山路庄并今南庄相論公験」とあるなど,近接する山路荘と相論をおこしている。鎌倉前期の宣陽門院所領目録には新たに同院御祈願所の所領となった荘園として「摂津国今南庄」が記され,宣陽門院(後白河上皇女,覲子内親王)の一所領であった(島田文書/鎌遺3274)。嘉元2年,後深草院が死去した際には院方の所課として伊予簾が当荘に賦課されており,皇室領として持明院統に相伝されたとみられる(公衡公記4後深草院崩御記/纂集)。室町期に入ると,応永26年4月19日付足利義持御判御教書に「清和院領摂津国都賀庄今南下司職」と,当荘下司職は清和院に安堵され(集古文書/後鑑),また「満済准后日記」正長元年10月4日条には「自細河右京兆方以若月入道摂州今南庄并山地加納庄等預所職事申旨在之」と見えて,預所職をめぐる相論もあったらしい。「康正二年造内裏段銭并国役引付」では「五貫文飛鳥井殿〈摂州今南庄段銭〉」とあって,造内裏反銭が飛鳥井殿(雅親か)の沙汰で当荘に課されているなど(群書28),室町期の伝領関係の詳細は不明。なお,天文15年公文名納帳の中に「山ての分 一けんに五十文あて 今南庄」と記されており,近隣の都賀荘公文が同荘の山に入会う当荘荘民から山手を徴収している(天城文書)。正確には比定地は未詳であるが,現在の神戸市灘区東部あるいは東灘区西部にあったのであろう。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7155834