馬瀬
【うませ】
旧国名:播磨
千鳥川(久米川)支流三草川上流域。古代後期~中世末期には都から西国への幹線だった丹波道が平野部に入る要衝。地名の由来は,周囲の山々が巨岩からなり険阻で,地形が馬の背のようであるためという。かつては馬背村と称したが,のち馬瀬の字をあてたと伝える(加東郡誌)。
【馬瀬(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【馬瀬村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【馬瀬(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7156090 |