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鶴林寺
【かくりんじ】


加古川市加古川町北在家にある寺。天台宗。山号は刀田山。本尊は薬師如来。寺伝によると,高麗僧の恵便が物部守屋の迫害に遭い隠れ住んでいた時,聖徳太子がここで教えを受けたことに始まるという。用明天皇2年,太子は秦河勝に命じて3間4面の精舎(現太子堂)を建て,釈迦三尊四天王を祀り四天王寺聖霊院になったと伝える。養老2年には刀田山四天王寺と改め,平安後期に当地の土豪武蔵国大守大目身人部春則が寺域を拡張,七堂伽藍を造営した。当時は,境内方24丁・僧坊300坊・衛士百余人・楽人数十人であったという(古寺巡礼西国4,鶴林寺)。天平19年2月21日付の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳に「賀古郡一処」,天平宝字5年1月1日付の法隆寺縁起并資財帳には「播磨国賀古郡一百町〈開田十五町(四)段,未開八十四町六段〉講法花経料」と見えるのが鶴林寺の寺領といわれている。仁寿2年には法相宗から天台宗に改宗,その後,鳥羽天皇より「鶴林寺」の扁額を受けた。当寺の所在する賀古荘は,青蓮院領といい,また,天王寺領といった。これが転化して,かつて四天王寺聖霊院と称していたと,江戸期に考えたのではないか。文永5年10月5日に左衛門尉平某・大法師某は,大講堂の行基自刻の薬師像に,仏性灯油・香華灯油として3町浮免の供料米を寄進した(鶴林寺文書)。文明15年に長田景資は十一面観音像1体と下地1反を,同19年には塩田有政が大般若経を寄進している(同前)。永正12年の鶴林寺寺料田惣目録,天文3年の鶴林寺寺料田惣目録は,寺領用途が詳細で数多くの仏事が執り行われている(同前)。安宅冬康・池田勝正・織田信長・羽柴秀吉はそれぞれ禁制を下して保護し,羽柴秀吉は天正8年に賀古郡内で200石を付している(同前)。戦国期には刀田寺とも称されている。元和3年には刀田村内で100石,屋敷分17石余の朱印地を与えられた(寛文朱印留)。安永5年の寺社分限帳によると,檀家500余,建物は本堂・太子堂・常行堂・三重塔・観音堂・護摩堂・新薬師堂・鐘楼・山王権現社・弁財天社・十二社権現社・秋葉権現社・愛宕権現社・仁王楼門・東西門・西大門など。末寺に観音寺(野口町),末社には浜宮天満宮・尾上神社(以上尾上町)がある。天明6年頃の本末帳には東叡山寛永寺末で,刀田山聖霊院と号し,衆徒8か寺を有した(本末帳集成)。安政2年では檀家が400余になり,明治4年の「本末寺号其外明細帳」に元朱印高117石余(反別9町7反6畝20歩),その内17石余は,東西145間・南北120間の境内(反別4町6反5畝20歩),檀家は浄心院232・真光院41・宝生院61・竜禅院7・普賢院・慈恩院17。同10年,鶴林寺の寺坊を8か寺から3か寺(浄心院・真光院・宝生院)に整理,1町7反6畝22歩となっている。修理は,安永年間の太子堂をはじめ天明4年~寛政10年の本堂,寛政10年~文化12年の仁王門,文化13年~文政10年の三重塔などに6,000両費やす。天保5~11年に寺家町の大工善兵衛の手によって宝生院を,太子堂は,姫路藩宗門奉行と大坂御番所に願い出て天保11年~弘化3年に修理した。嘉永7年には,地震で三重塔の九輪が折れ持善院が倒壊。安政4年に台風で慈恩院の宮殿が倒壊,慶応2年には光明院の庫裏・宮殿が大破している。明治37年本堂,大正7年太子堂の修理,同10年宝物館新築,昭和5年鐘楼・護摩堂,同8年太子堂,同15年常行堂,同25年太子堂・三重塔九輪,同26年には行者堂などを修復。同41年鶴林寺新宝物館完成をはじめとして,同44年本堂屋根葺替えおよび部分修理,同48年仁王像・経蔵・弁天堂,同50年新薬師堂など。そして,同51年三重塔が放火に遭ったが同55年に修理を終える。現在の鶴林寺は,国宝の本堂(室町期)・太子堂(鎌倉期)をはじめ,国重文の常行堂(平安期)・行者堂(室町期)・鐘楼(室町期)・護摩堂(桃山期)・三重塔(室町期)などの建築物や「あいたた観音」で知られている国重文の聖観音立像(白鳳期),県文化財の石造宝篋印塔(暦応2年)などの寺宝が多数残っているほか,境内には松岡青蘿(元文5年~寛政3年)の「春の海鶴のあゆみに動きけり」,巴山(文政年間)の「ひとすじのほかに道なし夜の雪」,滝瓢水(貞享元年~宝暦12年)の「ほろほろと雨添ふ須磨の蚊這うかな」の句碑がある。大正2年に開通した播州鉄道(後の国鉄高砂線。昭和60年廃止)は,寺の東を通過。南に北在家駅が設置され,後に鶴林寺駅と駅名を変更した。昭和51年2月に赤外線撮影で太子堂内に描かれていた壁画を発見。このうち,聖徳太子画像と来迎壁の表裏の壁画が翌年には国重文に指定された。また,寺の主要行事の1つとして3月21~23日に行われる「刀田の太子さん」は遠くから多くの参拝者が訪れている。




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「角川日本地名大辞典」
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