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光明寺
【こうみょうじ】


旧国名:播磨

播但中央山地が播磨平野に突出する五峰山のふもと。高倉(西麓)と大谷(東麓)の2つにわかれる。地名は地内の光明寺に由来し,同寺門前を中心に発達した地。中世の光明寺城は当地の光明寺のこと。地形的にちょうど播磨から丹波への出入口を扼しているため,中世以降しばしば戦場となった。特に観応2年の足利尊氏・直義兄弟による光明寺合戦,文明17年の赤松政則の播磨奪還戦は有名。南山麓の墓地周辺には,これらの合戦当時のものと思われる五輪塔の残欠が散乱する。また同寺の誕生会は有名で,旧暦4月8日には播磨各地から信者が参集,「光明寺の花祭り」として親しまれている。観応2年の光明寺合戦のとき,伊勢の大神が天降ったと伝える大杉がある。
光明寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
光明寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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